トラウマが背景にある人たち
コラム
2021年5月5日
トラウマが背景にある人たち
まずはここで言及する、「トラウマが背景にある人たち」とはどのような人たちかを述べたいと思います。端的に定義すると「過去に重複した傷つきがあり、それが直接的・間接的に影響して、現在の症状や問題行動が作られてしまった人」となります。 つまりここでは「トラウマ」の言葉を、PTSDの診断基準にあるような狭義のものではなく、もう少し広いものとして捉えています。(参考:何がトラウマとなるのか)
こうした人たちの困りごとは、フラッシュバックや解離などPTSD症状とは限りません。気分の落ち込みや不安定さ、パニック障害や強迫症状、摂食障害や依存症、あるいは自傷行為や対人関係での不安定さ、他にも身体的な不調といった不定愁訴などなど、多岐に渡ります。こうした一連の症状を「発達性トラウマ障害」と名付け、神経システムの不調から説明しようという試みであるポリヴェーガル理論なども注目されています。ですが、ここではそれにこだわらずに「トラウマが背景にある人たち」と呼ぶことにしたいと思います。
トラウマについて語ること
対人支援の中で、トラウマはいろいろな形で現れます。最初から過去のトラウマについて語られるものも、あるいはそれが途中から姿を表す場合もあります。または「語られないもの」としてその存在が浮かび上がることもあります。
こうしたトラウマの出来事がどのように語れるかは、相談者と支援者、双方に要因があるようです。相談者の側の要因としては、トラウマとなった出来事を話すための準備やタイミングは整っているのか、ということがあるでしょう。また支援者の側の要因としては、トラウマとなった出来事を話すことができるような安全感や安心感を提供できているか、ということがあるでしょう。無理矢理、支援者がトラウマとなった出来事を語らせることがあってはいけません。それは相談者の主体性を損なうものですし、場合によっては再びその人を傷つけてしまうことになります。
場合によっては支援者がストップをかけることが必要な時もあります。とりわけまだ関係性がしっかりできていない状態の時は、詳細に傷ついた出来事を語ってもらうことに慎重になる必要があります。トラウマが背景にある人たちが支援者を頼って話すとき、深い話をすることで変化が起こるのではないかとの期待が背景にある場合があります。
しかし上岡陽江は「トラウマの経緯を深く話しても楽にはならないし、解決もしません」ということを指摘します。そうした詳細な語りが効果的に作用するためには、PEやEMDRなど、しっかりとした構造化した中で行われる必要があります。関係性がまだできていないうちは、深い話をさせ過ぎないようにする必要があります。かといって、このことに支援者が甘えてしまうことも問題です。トラウマをなかったかのように扱うことを肯定することは、治療者側の格好の逃げ道を用意することになってしまいます。
ではどうすればいいのか。上岡はまだ関係ができていないうちに話過ぎていると思ったときは「あなたと長く付き合いたいから、ゆっくり話したいから、もしよければちょっとここで止めておかない?」と声をかけるやり方を紹介しています。また、「何かあったという説明よりも、そこでどう思ったか、そう感じたかだけを話せばいいから」と言ったり、あるいは「言葉にならないけど大変なことがあって」とか、「今はまだいえないけどとてもつらかった」というように、経験をカッコの中に入れた話し方を教えたりする、と述べています。事実から適度に距離をとりつつ、しかしそれを無視せずに進めるということが、とりわけ面接のはじめの基本的な態度であると考えられます。